大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和48年(ワ)1109号 判決 1975年2月18日

原告

橋本良雄

被告

大原信友

右訴訟代理人

森越博史

外一名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(原告)

一、被告は原告に対し別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を収去して同目録記載の土地(以下本件土地という。)を明渡せ。

二、被告は本件土地について旭川地方法務局紋別出張所昭和三三年一一月七日受付第一二〇三号をもつてなされた地上権設定登記の抹消登記手続をせよ。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨の判決

第二  当事者の主張

(原告)

一、原告は本件土地の所有者であるが、昭和三三年一一月五日、被告との間で、被告が同年同月頃に訴外河野道夫から買いうけた本件土地上の木造平家建居宅を所有することを目的として地上権設定契約を締結し、前記地上権設定登記をなした。

二、然るに、被告は右木造建物を取り毀したうえ、本件土地に堅固な建物である本件建物を新築した。

三、そこで、原告は被告に対し用法違背として、昭和四八年七月二五日到達の内容証明郵便をもつて右契約の解除の意思表示をなした。

四、よつて原告は被告に対し本件建物の収去ならびに本件土地の明渡しと前記地上権設定登記の抹消を求める。

五、被告主張第二項の事実を否認する。

被告は、原告が札幌に居住する不在地主であることを奇貨として、第一項記載の既存木造建物を取り毀して、あたかも木造建物の外壁に、モルタル塗装の外観を有する本件建物を築造したものであつて、原告は昭和四八年七月一八日頃まで木造簡易耐火構造を有する建物と信じていたものである。

(被告)

一、原告主張第一ないし第三項の事実中、木造平家建居宅を所有することを目的としていた点を除きその余の事実はすべて認める。

原・被告間の右地上権設定契約には堅固な建物所有を目的とすることを含むものである。

二、仮りに当初堅固な建物所有を目的としていなかつたとしても、本件建物を新築するに際し、堅固な建物を所有することを原告は承認した。

即ち、原告は被告が病棟を新築することを諒承して本件地上権設定契約をしたものであり、これまで類例のない更地価格の八〇%以上にあたる権利金を授受し、且つ自由に使用してよい旨述べていたものである。

被告は昭和三八年五月八日に本件建物新築工事に着工し、同年一一月一二日に完成し、ベット数三三床をおき現在まで使用してきている。

被告は右工事に際し、本件土地周辺地区が準防火地域に指定されていたため監督官庁の指導を得て、鉄筋ブロック構造としたものであるが、原告は右新築工事中にも、工事現場に足をはこび、右工事を諒承し、被告と談笑するなどしているのであつて、鉄筋構造であることは素人目にも理解できる工程中のことであり、その後本件建物完成後も度々被告宅を訪れ、新築病棟のことにも話題が及んでも何ら異議を申立てることもなかつたものである。

原告は近時の地価高騰にともない、権利金の追加、地代の値上を被告に強制しようとする目的で本訴を提起するに至つたものに他ならない。

第三  証拠関係<略>

理由

一原告主張第一ないし第三の事実は、本件土地の使用目的の点を除き当事者間に争いがない。

二<証拠>によると次の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる確証はない。

原告は紋別市において戦前から土地を数千坪有し、これを数十人に賃貸して現在に至つているものであり、被告は医師として、肩書地で病院を経営しているものである。

被告は昭和三三年一一月初旬病院の拡張のため、既存の病棟等に隣接する本件土地上にある訴外河野道夫所有の木造平家建居宅一棟を同人から借地権とともに一〇〇万円で譲り受けた。右建物は地代家賃統制令の対象となる物件であつた。

同日頃被告は原告に対し、将来右木造建物を取り毀して病棟等病院の施設を新築するので是非本件土地を売つてくれるように懇請した。

しかしながら、本件土地は既に、原告と訴外武田幸治との間における売買予約の対象となつていたので、原告は譲渡が出来ないとし、さらにそれよりも有利であるとして所有者が原告から第三者に変つても対抗出来るようにと地上権設定契約ならびに設定登記をすることとした。被告は原告の要求に応じて、本件土地につき、昭和三二年当時の時価の約八〇%に相当する八〇万円を支払うこととなり、約定の期日にこれを支払つた。

右契約に際し原告は被告に、本件土地を自由に使用してよいということを申出ていたが、堅固な建物か、非堅固な建物にするかとの点については、当時紋別市においては鉄筋造りが稀有な状況であつたため、この点は当事者の意識にのぼることなく、将来建替える建物の構造については結局特段契約時に明確にされなかつた。そして契約期間は原告の申出により二〇年と定められた。

被告の本件土地を売つてほしい旨の要望について、原告は訴外武田との売買予約が、昭和三六年四月に合意の上解除となつたときは優先的に被告に所有権移転する旨の約定を昭和三三年一一月七日付でなし、これにこたえた。

被告はこのようにして本件土地上に前記木造建物を所有していたが、右建物がかなり老朽化し、保健所からも注意を受けるようになつたため、当初の予定のとおり、病棟を新築することとした。

しかしながら、契約当初と異り、昭和三七年三月一三日以降、本件土地を含む一帯は準防火地帯として指定され、被告が木造の病棟を新築することは出来ないこととなつた。

そこで被告は昭和三八年五月八日ベット数三三床を有する本件建物の新築工事に着工し、同年一一月一二日にこれを竣工させた。そしてこれを現在まで継続して使用している。

原告は、本件建物の建築中の昭和三八年七月中旬、コンクリートミキサー車が、本件建物の二階の鉄筋ブロックのコンクリートの床を打ち込んでいる最中に被告のところを尋ね、十分程度雑談し、その後も度々紋別市に訪れている。

しかし、用法違背に関する異議は約一〇年を経過した昭和四八年七月中旬頃までは一度もなされていない。

昭和四八年七月中頃、原告は被告およびその妻に本件建物の形状、構造を確認した上、用法違背の異議を申出てる一方、極めて高額な契約更新料を支払うように被告に要求したが結局話合がつかず本訴に至つた。

三被告は、原・被告間の地上権設定契約の中には堅固な建物所有を目的とすることが含まれていた旨の主張するが、契約期間が二〇年であることや、当時の紋別市の建物の状況に照らしこれを認めることは困難である。

もつとも原告主張の、訴外河野から被告が譲り受けた建物所有のみを目的とすることに限定されていたこともこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、右契約は当初堅固な建物以外の建物所有を目的とするもの(借地法三条)と言わざるを得ない。

しかしながら、右契約は原告が被告に対し本件土地使用について、かなり広範な自由を許していたのであつて、堅固な建物以外の建物の所有に強く限定されたものではなく、その後の事情の変化によつては、堅固な建物の所有を目的とすることに変更され、地主である原告がこれに応ずる余地も充分あつたものと推認される。けだし、本件土地は地代家賃統制令下にある建物が右契約時に存在した交換価値の低いものであり、かつ第三者に売買の予約の対象ともなつていたものであつて、それにもかかわらず、かなり当時としては高額な権利金(原告は地代の前払である旨述べるが、その実体は権利金であることが明らかである。)が支払われており、かつ契約直後被告に優先的に売買する旨の約定もなされているからである。

このような状況下にあり、しかも原告は被告が本件建物新築中に訪れ、その工事の状況およその建物の構造形状を知つていたにもかかわらず、それに対しすみやかに異議を申し出る事なく約十年間もこれを放置していたことは、本件建物建築当時において、本件建物の築造を己むを得ないものとして、黙認したものと認めるのが相当である。

原告は、被告の妻から聞くまでは本件建物がモルタル塗装の木造建築と信じていた旨、主張するが、長年地主として賃貸関係の法律にくわしくかつ本件土地の地上権設定契約を見ても、極めて自己に有利な取引を行う能力を有している原告が、一見明らかな被告の旧建物の取り毀しと本件建物の新築に一〇年間近くも何ら関心を有さなかつたとはにわかに措信しがたい。

四そうすると、原告の本訴請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条にしたがい、主文のとおり判決する。

(佐々木一彦)

目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例